スマホ用

那覇市議選を報じない県2紙!元自衛官大山氏当選の衝撃は那覇市民の声?

こんにちは太郎です!

今回は那覇市議選で初当選した元自衛官大山孝夫氏をお伝えします。

・那覇市議選を報じない県2紙!

・元自衛官大山氏当選の衝撃は那覇市民の声?

それでは見ていきましょう。

今月9日に投開票された

沖縄県那覇市議選挙で驚きの結果が出た。

自民党から立候補した元自衛隊員大山孝夫氏が当選したのだ!

大方の予想は、ほとんど無理と思われていた。

それもそのはずである。

立候補表明は3か月前である。

しかも、出生こそ那覇市だが

沖縄県民ではない。

生粋の自衛官である。

スポンサードリンク

自衛隊には風当たりの強い土地柄で

元自衛官と言うだけで

当選は怪しくなっていた。

それが、ふたを開けてみたら上位当選である!

当の自民党さえびっくりしていた。

本当にすごい結果である。

この当選は、どう報道されたのだろうか?

当然、県紙2紙は詳細な報道はしない

与党敗北とも言わない、ただ厳しいとだけ?

今回の結果は大変な地殻変動を示唆してはいないか?

県紙2紙も触れたくないところだろう。

那覇市民は、「オール沖縄」なんて信じなくなっているのだ。

共産党主導の中国寄りの政策に明け暮れる翁長知事に

「ノー」に判断を示そうとしているのではないか?

でも、県紙は本質を報道しない!

今回はできなかったのではないか?

びっくりしすぎて、論評できなかった

そうかもしれない?

もう県民は馬鹿じゃないのだ。

あれだけ、違法行為をして反対運動を

県民の前で行い

一切の報道をしない県紙

擁護ばかりで犯罪を見逃す県紙

こんなものは報道とは言わないだろう!

そこに気付いたのだ、県民は!

これから、県民の良識の逆襲が始まるような気がする。

これはその前哨戦だったかもしれない?

「オール沖縄」の牙城に風穴開けた県外出身・元自衛官 那覇市議選

任期満了に伴う那覇市議選(定数40)が9日投開票され、自民党新人の元自衛官、大山孝夫氏(36)が初当選を果たした。沖縄県はもともと「反自衛隊」感情が根強い土壌だ。事実上の県外出身者たる大山氏にとっては“完全アウエー”での戦いだった。退官から約3カ月。突貫工事で挑んだ短期決戦で凱歌を上げるに至り、自民党県連幹部も一様に「奇跡だ」と驚いた。大山氏の当選は、沖縄県に“地殻変動”が起きていることを印象づけた。

大山氏の父親は、航空自衛隊の戦闘機操縦士だった。那覇基地所属の207飛行隊員として沖縄、日本の空を守っていた昭和55年12月、大山氏は那覇自衛隊病院で生まれた。その直後に宮崎県の新田原(にゅうたばる)基地の204飛行隊に異動となり、一家で引っ越した。

しかし父親が操縦する「T33」練習機が訓練中に墜落し殉職した。生後9カ月のことだった。大山氏は母親の実家がある福岡県築城町に移り、女手一つで育てられた。そんな母親に感謝しつつも、福岡県立豊津高校時代には「不登校」を経験するなど荒れた時期もあった。

人生を決めたのは高校3年のときだった。制服姿の自衛官が自宅を訪れ、亡き父親に焼香をしてくれた。「父と同じ空自のパイロットになりたい。それも戦闘機ではなく、事故に見舞われた父のような操縦士を助けに行く救援ヘリコプターのパイロットに…」

空自のパイロットといえば倍率40~50倍という狭き門だ。努力を重ねて首尾良く平成11年に空自航空学校に入った。厳しく過酷な訓練を経て救難ヘリのパイロットになる夢をかなえた。

松島基地(宮城県)を振り出しに9回の転勤で全国各地を飛び回りまった。救難ヘリのパイロットとしては松島基地(松島救難隊)と那覇基地(那覇救難隊)に所属。入間基地(埼玉県)で輸送ヘリのパイロットへの「機種転換」の飛行訓練を受けていた平成23年3月、東日本大震災に直面した。

そして春日基地(福岡県)を経て27年8月、再び那覇基地に戻った。

「低海抜地域が多い那覇市で、東日本大震災レベルの地震に見舞われたら…」

「自衛隊はあくまで被災した人を助ける仕事。災害を防ぎ、被災する人を作らなくするのは行政、政治しかない」

「自衛官の壁」を感じた大山氏は昨秋、政治家への転身を決意し、那覇市議選への立候補を目指すことを胸に秘めた。

沖縄本島を上空から見てきたことも、厳密に言えば“落下傘”となる「那覇」に照準を合わせる理由となった。人口密集地である平野部の標高は驚くほど低いことを痛感したのだ。

自身の熱い思いに対し、春日基地時代に福岡県で知り合った妻の華代さん(28)=沖縄県読谷(よみたん)村出身=も寄り添い「政治家をあきらめて、将来那覇が被災して多くの人を助けることができなかったら後悔するでしょ?」と応援してくれた。

大山氏は今年3月、18年間身を置き、あれほどまでに誇りを持っていた自衛隊を後にした。むろん現職中は政治活動は一切できない。退官後、間髪入れず自民党県連の那覇市議選候補の公募に応募し公認の内定を得た。とはいえ市議選まで約3カ月。時間がないなかで、ゼロからの出発だった。

那覇市議選は、翁長雄志(おなが・たけし)知事(66)を支持する勢力が改選前(欠員5、総数35)の20人から18人に後退し、過半数を割った。翁長氏にとって那覇市長を4期務めたお膝元での支持派の退潮は、来秋の同県知事選に向けて打撃となった。

当選者の翁長氏に対する立場の党派別内訳は、支持が共産党7人、社民党3人、地域政党・沖縄社会大衆党2人、民進党1人、無所属5人。不支持は自民党7人と無所属2人。自民党は改選前から3議席増やした。中立は公明党7人と日本維新の会1人、無所属5人(うち維新推薦1人)。

翁長氏の次男で無所属新人の雄治(たけはる)氏(30)は父親の“威光”を背に大量の4163票を集めて2位当選を果たした。しかしその余波で、知事に極めて近い、複数の無所属現職の市議会重鎮が落選の憂き目を見た。

那覇市政の与党は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設反対を金看板に翁長氏を支える超党派「オール沖縄」勢力の中核をなす。同勢力は今年実施された宮古島、浦添、うるまの県内3市長選で新人を支援して自民党が推す現職・前職に全敗し、那覇市議選を含めて事実上の4連敗を喫した。「オール沖縄」の牙城に風穴を開けた大山氏の当選は、その退潮を象徴する“大事件”となった。

大山氏は2640票を獲得し13位で当選した。新人候補では知事の次男に次ぐ2着。現職を含めた自民党候補の中でも2位に入る健闘ぶりだった。

出展:http://www.sankei.com/premium/news/170721/prm1707210003-n1.html

スポンサードリンク

スポンサーリンク
PC用
PC用

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
PC用