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後藤又兵衛討ち死にの証拠見つかる!書付発見、内容は?

豊臣「五人衆」後藤又兵衛の討ち死に報告、書付見つかる!

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NHK大河ドラマで放送中の「真田丸」で今大阪の陣の決戦が始まっているが、

まさしく渦中の後藤又兵衛に関しての討ち死にしたとの書付が発見されたと言う。

どんな内容の文章なのだろうか?

NHK大河ドラマ「真田丸」の豊臣方の5人衆のうちの一人、後藤又兵衛(哀川翔)の最後が近づいた。

大坂の陣が放送されているが、いよいよ決戦である!

そこで又兵衛は討ち死にするのだが、その確証はなかったのだろうか?

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今回、京都府内で、又兵衛の討ち死にに関する書付が発見された。

岡山県立博物館は、戦の折、後藤又兵衛が討ち死にしたことを、配下の武士が豊臣秀頼に報告した書き付けが、京都府内で見つかったと発表した。

秀頼に報告した、又兵衛の配下の金万平右衛門の子孫宅で見つかったようだ。

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書き付けは縦27・4センチ、横35センチ。

内容には、腰に重傷を負った又兵衛は配下の武士に自身の首を討たせていたが、書き付けでは、その際に秀頼から授かった脇差し「行光」を使っていたことが書かれていたと言う。

書付を見る限る、素人では到底理解できない。

本当に、内容がそうなら、なんともタイミングがいい!

今まさに、後藤又兵衛討ち死にの時である。

歴史はだから面白い!

いろいろな新発見!新説が登場し、ほんとの真実にたどり着くものと思っている。

発見し、解明された方にお礼を言いたい。

豊臣「五人衆」後藤又兵衛の討ち死に報告、秀頼への書き付けが見つかる 京都

<産経ニュース>
大坂の陣で後藤又兵衛が討ち死にしたことを、配下の武士が豊臣秀頼に報告した書き付け

岡山県立博物館は17日、徳川家が豊臣家を滅ぼした大坂の陣(1614~15年)で豊臣側の「五人衆」として戦った後藤又兵衛が討ち死にしたことを、配下の武士が豊臣秀頼に報告した書き付けが、京都府内で見つかったと発表した。

同館によると、腰に重傷を負った又兵衛は配下の武士に自身の首を討たせていたが、書き付けでは、その際に秀頼から授かった脇差し「行光」を使っていたことが初めて分かったという。

書き付けは縦27・4センチ、横35センチ。又兵衛の下で戦い、秀頼に又兵衛の討ち死にを報告したとみられる金万平右衛門の子孫宅で見つかった。25日から同館で展示する。

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