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こんにちは楽しみ太郎です!

今回は翁長雄志・沖縄知事が死去した。

12月予定の知事選は前倒しになりそうである。

 

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  • 翁長知事の死去の原因は?
  • 翁長知事の足跡
  • 沖縄県知事選挙はどうなる?

 

 

翁長知事の死去の原因は?

 

がん治療を続けていた沖縄県の翁長雄志知事が8日午後、膵がんのため入院先の浦添総合病院(浦添市)で死去した。67歳だった。翁長氏は7日から意識混濁の状態に陥り、謝花喜一郎副知事が8日から職務を代理していた。

中略

翁長氏は4月に切除手術を行った膵がんが肝臓に転移しており、7月30日から浦添総合病院に入院。8月7日から徐々に意識が混濁し始めたという。

 

すい臓がん摘出手術を受けて、回復していると思われていた翁長知事だが、

ガンは肝臓にも移転していて回復には至らなかった。

 

 

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翁長知事の足跡

翁長知事の経歴

1950年(昭和25年)- 那覇市(旧真和志村)大道に翁長助静の三男として生まれる。

1963年(昭和38年)- 那覇市立大道小学校卒業

1966年(昭和41年)- 那覇市立真和志中学校(18期)卒業

1969年(昭和44年)- 沖縄県立那覇高等学校(22期)卒業

1975年(昭和50年)- 法政大学法学部卒業

1985年(昭和60年)- 那覇市議会議員に初当選(1期)

1989年(平成元年)- 那覇市議会議員に再選(2期)

1992年(平成4年)- 沖縄県議会議員に初当選(1期)

1996年(平成8年)- 沖縄県議会議員に再選(2期)

2000年(平成12年)- 第28代那覇市長に就任(1期)

2004年(平成16年)- 第29代那覇市長に就任(2期)

2008年(平成20年)- 第30代那覇市長に就任(3期)

2012年(平成24年)- 第31代那覇市長に就任(4期)

2014年(平成26年)

10月3日 - 沖縄県知事選挙立候補のため那覇市長を辞職。

12月10日 - 沖縄県知事選挙の結果により、仲井眞弘多の任期満了をもって第7代沖縄県知事に就任(1期)。

2018年(平成30年)

5月15日 - 4月に行った膵臓の腫瘍の病理検査でステージ2の膵がんであることを公表し、治療と体力の回復を進め

ながら公務復帰を目指すことを明らかにした(後に公務復帰)。

<ウィキペディア>

沖縄県知事選挙はどうなる?

翁長知事の急な訃報で、今年の12月に予定していた知事選の行方は

どうなるのだろうか?

公職選挙法の規定では、知事が死亡などにより任期途中で欠けた場合、

県選挙管理委員会への通知後50日以内に知事選が行われる。

 

9月30日投開票(同13日告示)が有力となり、9月23日投開票(同6日告示)も想定される。

いずれの日程でも「9月7日告示-20日投開票」が予定される自民党総裁選の日程と重なることになりそうだ。

いづれにしろ、翁長知事派は弔い合戦の選挙戦を展開するだろう!

辺野古移転を阻止するのが翁長知事の希望だったとして

全面的に革新派の陣営はまとめようとするに違いない。

しかし、急な訃報の為、辺野古反対派の知事候補者の人選は全くの白紙のようである。

沖縄県の左翼グループの中から今のところ候補者の名前も出ていない。

今後の人選が待たれる。

共産党や社民党、労組などでつくる「オール沖縄会議」は

翁長氏擁立を目指すことを決定していたが、翁長氏は態度を明確にしてこなかった。

米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する勢力の知事選候補は

ゼロからの選考を余儀なくされることになる。

一方政府与党の自民党は、今回の知事選には自民党県連などが推す

宜野湾市の佐喜真淳市長が出馬の意思を表明している。

知事選の日程が、自民党総裁選と重なるようなので

自民党の対応もむづかしい感じだろう?

 

これまで頑張ってきた翁長知事の

ご冥福をお祈りいたします。

 

最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました。

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